仕事・キャリア

2009年12月14日 (月)

今年最後の出張

今晩からジャカルタ出張。急遽決まった2泊3日の出張。

短いけど、かなり明確でマニアックなターゲットを絞った2日間。頑張ります。

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2009年10月10日 (土)

米国・欧州出張前半戦

世界一周出張も、無事終了。今は、ロンドンからパリへのユーロスターの中で、明日からいよいよ念願のパリでの休暇10日間の旅。ところが、せっかく家内と優にビジネスクラスを予約してあげたのに、どういうわけか、エコノミークラスになってしまっているらしく、子連れ1人で13時間の夜行便、とっても心配です。

4日(日)

時差ぼけ解消のための一日だったので、もともとはボストンの街を散歩して、ホテルのジムで汗を流して、ゆっくり読書という予定だったのですが、当日のレッドソックスのチケット(しかも内野のいい席)が公式ホームページで売れ残っているのを発見。急遽予定を変更して、久しぶりのボストンを散歩した後、レッドソックス=インディアンス戦を見るために、フェンウェイパークへ。松坂ファンのお義父さんのためにお土産を購入、喜んでもらえるかな。フェンウェイパークでレッドソックス戦を見るのは、早くも5回目!!恒例のホットドッグを食べて、いよいよ入場。90ドルにして、かなりいい席でした。インディアンスは大家投手が先発。先頭打者本塁打を初めて、かなりの乱打戦で、生まれて初めて満塁本塁打も見ました。7回まで観戦して、スタジアムを後にして、Prudential Centre近くのシーフードレストランへ。ここのシーフードプラッターが超美味しくて、思わず牡蠣だけ「おかわり」。そういえば、マニラの反省がない…。ホテル近所のBOARDERSで、優の絵本を2冊買って、ホテルへ。残っていた仕事を少しだけやって、明日に備えて早めに就寝。そういえば、水曜夜にロンドンへ行くから、早寝早起きをして、時差ボケ予防しておいた方がいいと気づく。

5日(月)

久しぶりのボストン本社。割り当てのオフィスへ行くと、隣で東京の同僚がプレゼンをやっていた。なんかラッキー!!前回来た2年(以上)前と比べると、ずいぶん面子が変わっていて、少し寂しい。2件のプレゼンを終えて、ランチは、東京の同僚、元上司、僕の前々任者と4人でサラダファーストフードへ。そこも、うちの会社(アメリカ本社)が持っているらしい。新聞、タクシー、不動産…、色々持っているよねぇ。儲かってるのかな?

午後も、数件のプレゼンと、電話やメールしかしたことなかった同僚に挨拶したり、懐かしい同期とお喋りしたり、結構有意義な時間を。夜は、東京の同僚と一緒に、またシーフードレストランへ。座ったカウンターの席は、松坂の通訳さんの低位置らしい。きっとスゴイ人なんだろうなぁ。

6日(火)

6年間も同じ会社で働いていると、知り合いも増えて、色々な人と議論をして、色々なことを教えてもらえる。知らないことを知っているからという理由も大きいだろうけれども、ボストンの人はすごく賢い。とっても刺激を受けられるので楽しい。「帰ったら、これを勉強しよう」ということが、沢山できた。たまには、地球の裏側に来るのもいいらしい。

7日(水)

ボストン最終日。ホテルの部屋のセーフティーボックスからパスポートを出そうとしたら、何故だか「ERROR」…。過去にホテルのセーフティーボックスにパスポートを置き去りにして、警備員にセーフティーボックスを破壊して、さらにリムジンで空港までパスポートを持ってきてもらった前科があると僕としては、焦る。早速、フロントへ電話して警備員に来てもらう。意外とあっさりと開けてもらって、ホッ。

この日は忙しかったので、昼食はダンキンドーナッツ。こりゃ太るな。

最後のミーティングが午後2時半に終わり、ホテルのプールで軽く泳いでシャワーを浴びて、Tシャツ・ジーンズの夜行便服装に着替えて空港へ。

ロンドンまで6時間のフライトなのに、時差は-6時間。6時間が飛行機の中で消えてしまうらしい…。ブリティッシュエアは、覚悟していたよりは寝やすい座席になっていて、3時間半は眠れました。よかった・・・

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2009年10月 4日 (日)

世界最長距離フライト(ほぼ20時間!!)で、ニューヨークに到着

うちの会社のアナリストには、「1年間に1度(か、それ以上)はボストンとロンドンに行って上司にご報告しなればなりません」というルールがあります。

ここ2,3年間ほど、転勤を言い訳に逃れてきました。本当は、6月にNYとボストンへ来る予定だったのですが、ちょうど新型インフル発生のため、急遽キャンセル。でも、夏に、上司に「年末までには行ってね」と、ソフトに、でもストレートに言われてしまったので、寒くなる前のギリギリの今の時期に決定。

この不況でシンガポール航空が気前良く「世界どこでもアップグレード券」なるものをくれたので、せっかくなので、それを使って家内と優と一緒にパリで休暇をとることにしました。

やはり休暇をとるのは、出張の後にしたいので、時差ボケがキツイ「シンガポール→(NY経由)ボストン→ロンドン→(パリ休暇)→シンガポール」というルートにしました。

ところが、この”シンガポール→ニューヨーク(ニューアーク)”のSQ22は、19時間10分という世界最長直行便(で、たしかオールビジネスクラス)。せっかくの機会なので、紙袋に入り切らないほどの(読み残してきた)レポートと本を手に、飛行機に乗りました。

そして、以前妹に「時差ぼけ予防には断食がよい」という情報を教えてもらったので、(さすがに断食はしなかったけど)果物と水中心の食事で20時間近くを過ごしました。

そして、今ようやくニューアーク空港。ボストンの空港に着くのが夜11時。ホテルに着く頃には、日付が変わっているでしょう…。土曜出発にしておいて、本当によかった。

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2009年9月16日 (水)

学ばないこと

久しぶりの工場見学も終えて、3日間の上海出張が終了。今、上海浦東空港のラウンジで、休憩中。
いつもそうだけれども、行きがレッドアイフライト(夜行便)だと、初日からいきなり「お疲れ」タップリで始まるので、結構きつい。
中国の出張で一番面倒くさいのが、言語。当然、リムジンの運転手は英語を話せないので、僕の超片言の中国語で、会話しなくてならない。それだけで、なんだか疲れる…。

シンガポール到着が夜の1時(意外とシンガポールから中国は遠い…のに、機体はイマイチ)なので、今週の残りに疲れが残ることは確実。日曜から香港なので、木金はできれば、早めにうちへ帰って、優と遊んで元気を充電しよう。

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2009年5月13日 (水)

残るべきか、帰るべきか

以前も書いたかもしれませんが、アジアへの駐在契約が来年末で切れます。今のところ、運良く、こちらのマネージメントからも「残ってもらえたら嬉しい」という事もいわれているので、もっぱらの悩みは、東京へ帰るべきか、こちらに残るべきか。

東京:もちろん、一番住みやすいし、僕にとっては働きやすい。友達も多いし。でも、ある意味どこでも住める。家内が働きながら子育てをする環境としては「?」。

シンガポール:家内が働きながら子育てをする環境としては、きっとシンガポールの方がいい。仕事も、新しいことばかりだから、新鮮。

うーん、気持ちの半分以上は、帰国に傾いているんだけれども、それでもこっちの生活環境はいいから、なかなか諦め切れないという感じ。家内とも、よく相談をして決めたいと思います。

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2009年5月 6日 (水)

Quarantine

今晩から韓国出張、そのまま神戸である高校の同級生の結婚式に出席します。

ところが、今朝になって、突然会社のCorporate Securityのヘッドの人からメールが来て、「特別重要でない出張は至急キャンセルように」という容赦ないお言葉…。しかも、コピー&ペーストで、出張予定者全員に送っているらしく、質問を送っても、その文をペーストして送ってくる始末。要は「行く人は、行ってもいいけど、僕は知らないよ」という、外人流の責任逃れらしいです。

明日は、韓国政府の高官とのミーティングが入っているので、前日にキャンセルするわけにもいかず、強行することにしました。会社からは、N95マスクや消毒剤、体温計などを支給されました。

でも、どうやら帰ってきたら、政府か会社から1週間の自宅隔離処分にされる可能性は大きいらしいです。それは、構わないけど、1児の父としては、インフルエンザを伝染されたらたまらないので、今空港にいるのですが、マスクをして、手洗いとうがいをしっかりしたいと思います。

おかげさまで(!?)、来週のNYC・ボストン出張は、キャンセルになり、しばらくはシンガポールにいられそうです。優と一緒に、沢山うちのプールで遊べるね!!

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2008年6月 8日 (日)

再移住計画・いざ亜熱帯へ!?

優は、もうすぐ3ヶ月のお誕生日。毎月お祝いするなんて、生まれる前には考えられなかったけど、ほんの些細なことでも嬉しいので、喜び勇んで「ハッピーバースデー」とか言ってしまう親ばかです。

さて、香港へ引っ越してきて(引っ越す前からも)、一番気になっていたのは、公害。空気が汚いのは、高度成長期の国の宿命みたいなものだけれども、生まれたばかりの子供育てるには本当に心配。

同僚や上司に色々と相談していたところ、シンガポール・オフィスのヘッドの方から「僕も、香港に住んでいたけど、子供の健康が心配でシンガポールに移ってきたよ。君も、シンガポールに来てみない?」と誘って頂き、即答。上司にも相談をして、どうやら来年2月、今のうちの賃貸契約が切れた後に、再転勤できることになりそうです。最終決定って、どう決まるんだろう?仕事の内容そのものには全く変化がなく、どちらにしてもアジア太平洋地域全体(日本以外)を担当しているので、香港からCXに乗るか、シンガポールからSQに乗るかの違いだけ。

年内に一度家族3人で、数週間シンガポールに滞在してみて、最終的に時期なども決めたいと思っています。ということで、皆さん香港へ遊びに来てください!!

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2008年6月 1日 (日)

ライセンス試験

香港に移る直前に、HRから分厚いテキストを渡されて「香港ではライセンスが必要だから、勉強頑張って」と、あっさり言われました。

同僚に聞いたところ「知り合いは、一夜漬けで受かったらしい」ので、油断していました。4月に受けようかと2日前から勉強をしようとしたのですが、意外と(かなり)範囲が広く、なおかつ覚える内容が多いので、受験を断念しました。

そして、今回は、まずKaplanでテキストを私費購入、なおかつ3日間の勉強休みをとって、ライセンス試験に臨みました。なにしろ勉強のつまらないこと。全く役に立ちそうもない規定を、ひねくれた問題に対応するために丸暗記。

実際の試験も、やっぱり難しかったというより、手応えが分からなかったです。とりあえず、無事受験を終えて、あとは1週間後の結果発表を待つのみ。もう一度は、受けたくないなぁ。

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2008年4月24日 (木)

ショック

今日は、会社でMid-Year Reviewという、半年に一度、それまで1、2年間のパフォーマンスや評価を確認するミーティングがお昼にあるということで、朝から少し気持ちが引き締まっていました。(正確に言うとナーバスになっていました)

朝、会社へ行ったら、真っ先にファンドマネージャーのPさんが、僕のオフィスまで来て、「今日ランチ空いている?」と聞いてきました。ちょっと予定が入りそうだったけれども、何か大事なことがありそうな気がしたので、「もちろん大丈夫です」と答えました。

その時、僕は「僕、最近何か仕事でよくなかったかな...誰かがPさんに、僕へアドバイスするように言ったのかな...」と余計にナーバスになってしまいました。

そして、昼前にMid-Year Review。過去1、2年間のパフォーマンスは、おそらく入社して以来、最高のもの。僕は、東京と香港の両方に評価をされるという不思議な立場なので、カンファレンスコールで超ご機嫌な様子の東京の部長の話を聞いて、まぁまぁ満足して終えました。

ランチへ向かったのは、アメリカンクラブ。「僕も入りたい」と駐在する時に人事へお願いしたのだけれども「Waiting Listが長いからダメ」と人事に断られた、個人的には曰くのクラブ。

Pさんは、もともと東京オフィスのChief Investment Officerという超偉い人で、2002年に僕の採用をすごく後押ししてくれて、決めてくれた、僕にとって大大大恩人なのです。その後、Pさんは「自分で投資の現場に戻りたい」ということで、2年ほど前に、以前やっていた、香港のファンドマネージャーの現場に戻りました。その後、「海外で働きたい」という僕の意見を聞いてくれて、僕を香港へ異動すのを強力に後押してしてくれたのもPさんでした。さらに、僕が来た後も、本当に熱心に色々と指導をして下さって、20年以上のキャリアから得たことを、本当に沢山学ぶことが出来ました。

そのPさんが、「会社を辞めることにしました」と、いきなり言ったのです。「冗談でしょ?」「いや、まじで?」と何度も聞いたのですが、どうやら本気のよう。20年以上も、うちの会社で働いてきたPさんが辞めるなんてことは、考えてもいなかったので、本当に本当にショックでした。

彼は、もともとうちの会社で同僚だった人と一緒にヘッジファンドを立ち上げるらしいのです。この業界では、会社を移籍したり、ヘッジファンドを立ち上げたりすることは、全く珍しいことではなく、自分のキャリアを形成する上で、むしろ当たり前のことなのですが、僕は「仕事上の父」だと思っていたPさんの退職は、本当に驚きました。でも、次のステージに進むことは、きっと大事なことだろうし、Pさんの経験と実力をもってすれば、成功するだろうと僕は思います。

嬉しかったのは、彼は、香港のChief Investment Officerに「剛に直接言うまでは、正式発表しないでくれ」と言ってくれていたことです。

当然、沢山の香港や東京オフィスの人がショックを受けていたし、ものすごく悲しんでいる人もいました。

もちろん僕も悲しいけれども(きっと彼に一番かわいがってもらった僕が一番悲しいだろうけれども)、逆に将来彼が喜ぶくらい優秀な人間になって、またいつか一緒に働く日が来たらいいなと思います。

いつも(日本語を話せない)Pさんと話題になるのが、僕が就職活動の時に本当に英語が喋れなくて、二人とも本当に困ったこと。それでも、Pさんは、採用を決めてくれたのは、僕がひたすら質問をし続けたこと。そして、入社が決まってからの彼の口癖が「他はどうでもいいから、英語だけ頑張って勉強しなさい」で、入社してからは「働かなくていいから、とにかく英語のレッスンをとれるだけとって、勉強しなさい。世界中の人と対等にコミュニケーションをとれるアナリストになりなさい」と言われ続けたことです。

僕は、「Pさんが辞めるのは寂しいけど、あなたと働けて、僕は本当にラッキーだった」と伝えました。彼も「小川さんを採用できてラッキーだった」と言ってもらえました。

ダラダラと長くなってしまったけれども、
やっぱり僕は、いつもいつも周りの皆さんに恵まれています。これからも、感謝を忘れずに、頑張っていきたいと思います。

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2007年10月17日 (水)

雑誌再登場…

4年前に入社してから、うちの会社の東京オフィス初めての新卒アナリストということで、色々なリクルーティングを担当してきました。

以前、リクルート出版している「就職ジャーナル・金融読本」という雑誌に紹介記事を載せてもらいましたが、月刊の「就職ジャーナル」にも載りました。外資系企業特集という記事の中なのですが、他にも大学のゼミの後輩や、語学のクラスメートも掲載されていました。

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